薩摩藩士の参勤交代は「にんにく」が可能にした!?




薩摩藩の参勤交代を想像してみてください。その距離なんと1600キロ、一日平均30キロを約50日間かけて鹿児島から東京まで歩いたんです。中には島津の歴代の藩主の籠持ちもいたのだから想像を絶する行脚ですよね!その薩摩藩士のパワーの源が「にんにく」だとも言われています。当時の「にんにく」は未だ食用としては広まっておらず、漢方薬の原料生薬として少量しか使用されていませんでした。しかし世界への視野が広かった薩摩藩では「にんにく」の効能を早くから見出し、食用として消費していたのでした。参勤交代の長旅を支えるための常備食「にんにく卵黄」が作られたのも必然だったのでしょうね!

また、薩摩藩が幕府に木曽川の治水工事を命じられた時、劣悪な労働環境や想像を絶する難工事、幕府からの無理難題をものともせず、見事、治水工事を完成させたのは、当時、日本にはなかった「肉食文化」とにんにくを常食する食習慣があったからだと思います。(宝暦治水事件)

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