世界各地に古くから伝わる「にんにく」


「にんにく」は、その学名をAllium sativum L. と言い、植物学者のリンネがにんにく(ニンニク)を意味するラテン語Alliumを属名とし、栽培を意味するsativum を種名として命名したものです。この学名が示すように「にんにく」は古くから栽培されていたようです。昔からニンニクが愛されてきたことを世界の歴史から探っていきましょう。

●古代エジプト
紀元前3750年頃に造られたとされるエジプトの王墓から9個のニンニクの粘土模型が発見されています。また、紀元前1300年頃に造営されたツタンカーメン王の墓からは乾燥したニンニク鱗茎6個が発見されています。紀元前1500年以前に書かれたとされる世界最古の薬物治療書「エベルス パピルス(The Papyrus Evers)」には、疲労、衰弱、手足のふるえを伴う神経系疾患、月経不順や堕胎、心循環系疾患などに効くとしてニンニクを含む22の処方(治療薬)が記載されています。 歴史の父、ギリシアのヘロドトスは、紀元前450年頃エジプトを旅行し、ピラミッドの上に刻銘された象形文字に「ピラミッドの建設に従事した労働者が大量のニンニク、タマネギ、ラディッシュを食し、この購入のために高額の銀が支払われた」ことが書いてあったという逸話を著書「エジプト史」に残しています。

●古代バビロニア
紀元前600年頃の新バビロニア王国のネブガドネザルⅡ世が最愛の妻アミティスのために首都バビロンに作らせた、といわれている空中庭園(Hanging Gardens)でニンニクの栽培が行われていたことを記述したものなど、いくつかの粘土板が発掘されています。

●古代ローマ
古代ローマ時代、紀元1世紀頃にディオスコリデスによって書かれた「薬物誌」には、咳止めや寄生虫の駆除など急性疾患の治療薬としてニンニクが紹介されています。

●古代中国
漢の武帝の頃、外交使節として西域に派遣され、匈奴(きょうど)による囚われの期間を含めて13年間にも及ぶ西域派遣から長安に帰還した張騫(ちょうけん)によって紀元前121年にもたらされたと「本草綱目」に記載されています。よく似た植物で、もともと中国に存在した“蒜”(和名:ひる)に対して、西域からもたらされたものは最初は葫(和名: こ)、葫蒜、そして大蒜(和名: おおひる)と呼ばれるようになり、蒜は小蒜(和名: こひる)と区別されました。大蒜がはじめて登場した本草書は、陶弘景(456~536年)による「神農本草経集注」です。

●古代インド
古代インドの医学書「アーユルベーダ」には心臓や消化管、呼吸器に対するニンニクの薬効が記載されていますが、インド最古の法典「マヌ法典」ではバラモン教の司祭がニンニクを食するのを禁じています。